一生忘れぬ珍道中(^_^;)

ウィーン2日目 Part3



『王宮(ホーフブルクHofburg)』は、ハプスブルク家の歴代の皇族たちが使用していた居城で、次々と増改築が繰り返されたため、各時代の建築様式が見られるのだそうだ。一部は内部が公開されている。

盛んに宣伝している『シシィ・ミュージアム』に入ってみた。2004年は、シシィと皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の成婚150周年なのだそうだ。銀器コレクションなどと共通券で、7.5ユーロ。割とお高い(^o^;)。

”シシィ”とは、”皇妃エリザベート”の愛称である。1854年、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世は従妹にあたるエリザベートと結婚したのだが、彼女は長じるとともに絶世の美女と言われたそうで、人気があったそうだ。自分の役割というか、美しくしていなければならないことを非常によく自覚していて、美しさを維持するのに大変な努力をしていたそうだ。宮廷内にトレーニングジムまで設けたそうだが、格式張った生活には馴染めず、大公妃ゾフィーとは仲が悪く、居場所がなかったそうで(うーむ、どこぞで聞いたような話だなぁ・・)旅をよくしていたという。

ハプスブルク家がだんだんと衰えてきた頃で、シシィは病気や暗殺で次々に愛する人を失う。シシィ自身は、1898年に旅の途中でスイスに立ち寄った際に、無政府主義者に暗殺されてしまう。この時代の有名なところでは、シシィの4人の子供のうち、ルドルフ皇太子が男爵令嬢と心中してしまい、甥のフェルディナントが帝位継承者になるのだが、1914年にサラエボで暗殺され、それが第一次世界大戦のきっかけになってしまうのだ。でもって、フランツ・ヨーゼフ1世は1916年に86歳で亡くなった。事実上の”最後の皇帝”だったそうだ。

シシィ・ミュージアムには、シシィの愛用品、衣装、旅行用に造られた列車の一部、新聞記事、(多分)凶器となった刃物まで展示されている。撮影禁止なので写真はナシよん(^.^)。



建物の写真です。

スイス宮
中庭みたいなところにあるスイス宮。
建物自体は古そうだ。

ミヒャエル広場から見た王宮。
あまりに大きくて全部入らないのだ。
ほんの一部分で失礼〜。
ザッハー
オペラ座
本当に申し訳ないんだけど・・・
私の目には同じような建物がたくさんで
見分けがつかないの。
建築様式に詳しい人なら、上の王宮との違い
はすぐに分かると思うのだけど。
多分これは、反対側の広場に建っている王宮
のような気がする(^◇^;)←ばきばきっ!
ホント、すみません。。。




お昼ごはんは、王宮そばにあるグリーンシュタイドル(Griensteidl)というカフェに入った。

カフェ
恐る恐る中に入ってみた。
ウェイターが持ってきてくれたメニューで
英語の部分を探し(ドイツ語は分からないのねん)
”トーストに乗っかった鶏胸肉、サラダ添え”
と、エビアンを注文した。
T嬢は、オレンジジュースとグラーシュ。
グラーシュとは、ビーフシチューみたいなもん。

なぜエビアンって高いんだろう???


料理は、青い巨大なお皿に盛り付けられていた。小さなトーストの上に焼いた鶏肉、山盛りビーツ、山盛りニンジン、ハーブバターが添えられている。鶏肉の塩気(久しぶり)、おまけに温かい料理で、涙ちょちょぎれそうになった。ハーブとオリーブオイルで焼いたような味だった。ハーブバターをちょっとつけて食べるとグー♪これでもか!というほど野菜も食べられた。シアワセ(^◇^)♪

ロースハウス
カフェのすぐ右にはこんな建物が。
綺麗だから写真を撮っておいたのだが、
これは通称”ロースハウス”という、
店舗兼集合住宅で、近代建築なのだそうだ。
鉄筋コンクリートらしい。
デコラティブな町並みに、装飾を否定した
シンプルな近代建築物を建てることは
かなり批判の的になったそうだ。
でも、十分に装飾的だと私は思うのだが(^_^;)。
確かに周囲の建物よりはシンプルだけど。


さて、私達のこと、こんな繁華街にいて買い物1つしないなんてあり得ない!片っ端から店を覗いていた。これからはお土産モードに切り替わるのであった。

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